最終更新: merciless_earth 2018年02月17日(土) 14:08:55履歴
森から、甲高い悲鳴が一つ上がる。
「ヤアアアア! ヤメテー! ヤメテー!」
鳴き声の主は、セヤナーという生物のものだ。
全長はおよそ20cmほどで、いびつな靴のような形をしたスライム状の体を持つ。
皮膚はベージュ色で、体の上半分からはピンク色の触手と髪飾りに似た赤を中心とした配色の感覚器官が生えている。
触手の生え際の真下には、より濃いピンク色の目と小さな口があり、それである程度の感情表現やコミュニケーションができる。
しかし、それらが必ずしも自然界での自衛の手段になるわけではない。
「イタイー! イタイー!」
現に、野生のトビに体をつつかれ、全身を乾燥などから保護する粘液を撒き散らしている。
このセヤナーは広い木の洞をそのまま巣穴としていた。
巣になる場所さえあれば、それで安全だと思っていたのだ。
だが、その気の緩みがこの事態を招いた。
すでに粘液のほとんどを剥ぎ取られ、皮膚も傷だらけになっている。
「オネガイー! ユルシテー!」
しかも巣穴にいるのは、その一匹だけではなかった。
「オカーサーン! オカーサーン!」
「ヤー! ヤー!」
今トビに襲われているセヤナーには、二匹の子セヤナーがいる。
傷だらけになっても巣穴から離れないのは、単に逃げ切れないだけではなく、この二匹の我が子を守るためでもあった。
「イッ! イッ! イタイ! イタイ!」
しかし、こうして自身の体を盾にする以外の手段は持ち合わせていない。
ゆえにされるがまま、どうすることもできない状況だ。
「オカーサーン! アカンー! シンジャウー!」
「ヤー!」
子セヤナーも思わず、親セヤナーを案ずるように叫ぶ。
背後からの声に、親セヤナーは残された体力で答える。
「オチビー! オネガイー! ニゲ……」
返答は、唐突に途切れた。
トビの嘴が親セヤナーの眉間を貫き、脳に穴を開けたのだ。
引き抜くと同時に、傷痕から体液があふれ出す。
親セヤナーは、とうとう息絶えてしまった。
トビはなおも容赦なく嘴を突き入れ、親セヤナーの残骸を砕き、食らう。
その姿は、まるで調理時に解体される貝類のようだ。
親セヤナーだった肉は、そのまま一気に平らげられた。
「ヤアアアア! オカーサーン! ヤアアアア!」
「ヤアアアアアア!」
残された子セヤナーたちは恐怖し、泣き出してしまう。
二匹はもう、逃げる気力を失った。
そこに追い打ちをかけるように、
「ヤッ……アッ! イタイ!」
「ヤアアアア! ヤアアアア!」
トビは嘴で二匹を引き寄せ、両の鉤爪でしかと掴む。
「アアアアア! タスケテー!」
「ヤアアアア!」
先に命を散らした親セヤナーの願いは、一蹴された。
悠然と飛び立つ捕食者の掌中で、子セヤナーたちは弱々しく鳴くことしかできなくなった。
「コワイイイ……コワイイイ……」
「ヤー……ヤー……」
その顔には、これから訪れるであろう更なる苦痛への恐怖と、命の終わりに対する絶望が刻まれている。
その頬を、一粒の涙が伝う。
そして、この森で犠牲になるのは、あのセヤナーの親子だけではない。
「セヤナー……」
巨大セヤナー、いわゆる数十メートルまで巨大化した個体である。
これらはジャイアントセヤナーなどの別名を持っており、比較的珍しい部類に入る。
巨大セヤナーは、どことなく誇らしげに森の中を進んでいた。
ここまでの大きさとなれば、襲ってくる他生物も少なくなり、通常個体よりも安心して生活できるようになる。
こうなるまで、多くの苦難と年月を経たが、今は以前よりも気楽に過ごすことができる。
「ヤーデー……」
そう思うと、自然と気が緩むものだ。
ふと、視界の端に何かが見えた。
洞窟だ。
しかも、巨大セヤナーが入ってもなお余裕ができるほどの大きさがある。
そういえば、今日は風が冷たい。
まもなく日も傾く頃であり、これからますます冷え込むのは想像に難くない。
ならば、この機会を逃す手はないだろう。
冷風をしのぎ、暖をとろう。
そうと決まれば、行動は早かった。
巨大セヤナーは、どんどん洞窟の内部へ進んでいく。
予想通り、洞窟の中は外よりも暖かい。
これなら今夜は寒さをしのげそうだ。
「ヤー……」
大きな体を弛緩させ、伸び伸びとくつろぐ。
ふと、砂嵐のような音が聞こえてきた。
音源は、頭上にある球状の物体。
淡褐色と濃褐色がマーブル状になったそれは、スズメバチの巣だ。
周囲には、そこに棲んでいるであろうスズメバチが大規模な群れをなしている。
彼らは接近してきた巨大セヤナーに、近づくなと警告するかのごとく威嚇しているのだ。
しかし、巨大セヤナーも譲る気はないらしい。
「ウーチーナー……! ウーチーナー……!」
強気に威嚇し返す。
巨大セヤナーには、ある確信があった。
自分たち野生のセヤナーには、他の生物に感染してセヤナーに変える能力を持つ個体がいる。
自分の体液を吸った蚊が何匹もセヤナーになる様子を見て、自身がそれであると知った。
それに、この体格差だ。
負けるはずがない、と巨大セヤナーは強く確信した。
ゆえに、弱気になる必要はない。
そう信じた。
しかし、巨大セヤナーは知らなかった。
感染能力にも、巨大な体にも、欠点があることを。
変化は突然だった。
「ヤ……ヤー!」
気付いた時には、巨大セヤナーの全身に鋭い激痛が迸っていた。
複数のスズメバチが目にも留まらぬ速さで飛翔し、瞬時に毒針を突き立てたのだ。
猛攻はまだ終わらない。
増援が続けざまに毒針を突き刺してくる。
「ヤアアアアアア!」
分からない。
感染能力も、巨大な体も、何故か意味をなさない。
巨大セヤナーは大いに混乱しつつ、体中を駆け巡る痛みに悶える。
もう、何も考えられない。
先述の通り、感染能力には欠点がある。
この能力は頑丈な外皮や鱗、外骨格などには遮られ、効果が発揮されない。
更に強力な消化液によって無効化され、感染能力持ちのセヤナーを捕食し続けることで、感染能力抗体という、文字通り感染能力に対する抗体がつくられるのだ。
スズメバチたちは、外骨格と消化能力を元から有し、セヤナーを食料にしていくうちに抗体をも獲得していた。
また、体格差があるとはいえ、スピードも攻撃能力もないセヤナーなど、物の数ではない。
ましてや巨大なセヤナーならば、ただの狙いやすい大きな的でしかない。
最初から、勝敗は決していたのだ。
「アアアアアアア! イーターイー!」
一方的な蹂躙。
セヤナーの脳裏によぎるのは、かつて他生物に怯えて過ごしていた頃のこと。
あの時の恐怖が、今になって鮮明に蘇る。
セヤナーの精神状態は、あの頃のような弱々しいものに戻っていた。
「ヤアアアアアア! ヤメテー! ヤメテー!」
セヤナーは、もう一つ勘違いをしていた。
巨大セヤナーは長い年月を生き、ある程度の知識を自然と得た個体であるため、全体的に温厚で臆病な性格をしている。
ゆえに、余計な争いを避け、周囲に馴染むことを重んじる傾向にある。
それは単なる気質ではなく、生き残るための手段でもあるのだ。
このセヤナーは、そのことを忘れていた。
そればかりか、自分の力を過信し、自信過剰になっていた。
だからこそ、今の状況がある。
「オネガイー! ユルシテー! オネガイー!」
先の傲慢さも、今の惨めな姿も、本来の巨大個体にあるまじき醜態。
野生を忘れ、驕り高ぶった生物にある意味ふさわしいとも言えるだろう。
その末路は、まさに慣習のようなものだ。
「タスケテー! タスケ……アアアアアアア! アアアアアアア!」
息を吐く間もなく、体の至るところを噛み千切られ、引き裂かれ、食べやすい大きさにされていく。
決して少なくない年月を生きたセヤナーの最期は、呆気ないものだった。
「ヤアアアア……ヤアアアア……」
敗北と死期を悟り、己の無知と浅慮を後悔しても、時すでに遅し。
勝利者たちの供物として、自らの全てを捧げることになるのだ。
この森の掟は、適者生存、弱肉強食。
環境に適していなければ、何らかの強さがなければ、ただ食われるだけ。
「アアアアア!」
ある場所では、大型のセヤナーがクマの繰り出す強烈な一撃で仕留められていた。
「ギッ……イッ……アッ……」
別の場所では、ムカデの接近に全く気付かなかった成体のセヤナーが、毒牙にかかり、虫の息になっていた。
「ヤアアアア! イタイ! イタイ! イタイ!」
「クルシイー! オネガイー! ヤメテー!」
「アッアッアッアッ……アッ……アッ……」
また別の場所では、大小様々なセヤナーがアリの大群に群がられ、その体を緩やかに削られていた。
こうして、今日もセヤナーたちは否応なく、自然の摂理にその身を捧げるのだ。
この日常のように繰り返される光景に対して、ある人物はこう言った。
『セヤナーは、自然界の食料のようだ』
「ヤアアアア! ヤメテー! ヤメテー!」
鳴き声の主は、セヤナーという生物のものだ。
全長はおよそ20cmほどで、いびつな靴のような形をしたスライム状の体を持つ。
皮膚はベージュ色で、体の上半分からはピンク色の触手と髪飾りに似た赤を中心とした配色の感覚器官が生えている。
触手の生え際の真下には、より濃いピンク色の目と小さな口があり、それである程度の感情表現やコミュニケーションができる。
しかし、それらが必ずしも自然界での自衛の手段になるわけではない。
「イタイー! イタイー!」
現に、野生のトビに体をつつかれ、全身を乾燥などから保護する粘液を撒き散らしている。
このセヤナーは広い木の洞をそのまま巣穴としていた。
巣になる場所さえあれば、それで安全だと思っていたのだ。
だが、その気の緩みがこの事態を招いた。
すでに粘液のほとんどを剥ぎ取られ、皮膚も傷だらけになっている。
「オネガイー! ユルシテー!」
しかも巣穴にいるのは、その一匹だけではなかった。
「オカーサーン! オカーサーン!」
「ヤー! ヤー!」
今トビに襲われているセヤナーには、二匹の子セヤナーがいる。
傷だらけになっても巣穴から離れないのは、単に逃げ切れないだけではなく、この二匹の我が子を守るためでもあった。
「イッ! イッ! イタイ! イタイ!」
しかし、こうして自身の体を盾にする以外の手段は持ち合わせていない。
ゆえにされるがまま、どうすることもできない状況だ。
「オカーサーン! アカンー! シンジャウー!」
「ヤー!」
子セヤナーも思わず、親セヤナーを案ずるように叫ぶ。
背後からの声に、親セヤナーは残された体力で答える。
「オチビー! オネガイー! ニゲ……」
返答は、唐突に途切れた。
トビの嘴が親セヤナーの眉間を貫き、脳に穴を開けたのだ。
引き抜くと同時に、傷痕から体液があふれ出す。
親セヤナーは、とうとう息絶えてしまった。
トビはなおも容赦なく嘴を突き入れ、親セヤナーの残骸を砕き、食らう。
その姿は、まるで調理時に解体される貝類のようだ。
親セヤナーだった肉は、そのまま一気に平らげられた。
「ヤアアアア! オカーサーン! ヤアアアア!」
「ヤアアアアアア!」
残された子セヤナーたちは恐怖し、泣き出してしまう。
二匹はもう、逃げる気力を失った。
そこに追い打ちをかけるように、
「ヤッ……アッ! イタイ!」
「ヤアアアア! ヤアアアア!」
トビは嘴で二匹を引き寄せ、両の鉤爪でしかと掴む。
「アアアアア! タスケテー!」
「ヤアアアア!」
先に命を散らした親セヤナーの願いは、一蹴された。
悠然と飛び立つ捕食者の掌中で、子セヤナーたちは弱々しく鳴くことしかできなくなった。
「コワイイイ……コワイイイ……」
「ヤー……ヤー……」
その顔には、これから訪れるであろう更なる苦痛への恐怖と、命の終わりに対する絶望が刻まれている。
その頬を、一粒の涙が伝う。
そして、この森で犠牲になるのは、あのセヤナーの親子だけではない。
「セヤナー……」
巨大セヤナー、いわゆる数十メートルまで巨大化した個体である。
これらはジャイアントセヤナーなどの別名を持っており、比較的珍しい部類に入る。
巨大セヤナーは、どことなく誇らしげに森の中を進んでいた。
ここまでの大きさとなれば、襲ってくる他生物も少なくなり、通常個体よりも安心して生活できるようになる。
こうなるまで、多くの苦難と年月を経たが、今は以前よりも気楽に過ごすことができる。
「ヤーデー……」
そう思うと、自然と気が緩むものだ。
ふと、視界の端に何かが見えた。
洞窟だ。
しかも、巨大セヤナーが入ってもなお余裕ができるほどの大きさがある。
そういえば、今日は風が冷たい。
まもなく日も傾く頃であり、これからますます冷え込むのは想像に難くない。
ならば、この機会を逃す手はないだろう。
冷風をしのぎ、暖をとろう。
そうと決まれば、行動は早かった。
巨大セヤナーは、どんどん洞窟の内部へ進んでいく。
予想通り、洞窟の中は外よりも暖かい。
これなら今夜は寒さをしのげそうだ。
「ヤー……」
大きな体を弛緩させ、伸び伸びとくつろぐ。
ふと、砂嵐のような音が聞こえてきた。
音源は、頭上にある球状の物体。
淡褐色と濃褐色がマーブル状になったそれは、スズメバチの巣だ。
周囲には、そこに棲んでいるであろうスズメバチが大規模な群れをなしている。
彼らは接近してきた巨大セヤナーに、近づくなと警告するかのごとく威嚇しているのだ。
しかし、巨大セヤナーも譲る気はないらしい。
「ウーチーナー……! ウーチーナー……!」
強気に威嚇し返す。
巨大セヤナーには、ある確信があった。
自分たち野生のセヤナーには、他の生物に感染してセヤナーに変える能力を持つ個体がいる。
自分の体液を吸った蚊が何匹もセヤナーになる様子を見て、自身がそれであると知った。
それに、この体格差だ。
負けるはずがない、と巨大セヤナーは強く確信した。
ゆえに、弱気になる必要はない。
そう信じた。
しかし、巨大セヤナーは知らなかった。
感染能力にも、巨大な体にも、欠点があることを。
変化は突然だった。
「ヤ……ヤー!」
気付いた時には、巨大セヤナーの全身に鋭い激痛が迸っていた。
複数のスズメバチが目にも留まらぬ速さで飛翔し、瞬時に毒針を突き立てたのだ。
猛攻はまだ終わらない。
増援が続けざまに毒針を突き刺してくる。
「ヤアアアアアア!」
分からない。
感染能力も、巨大な体も、何故か意味をなさない。
巨大セヤナーは大いに混乱しつつ、体中を駆け巡る痛みに悶える。
もう、何も考えられない。
先述の通り、感染能力には欠点がある。
この能力は頑丈な外皮や鱗、外骨格などには遮られ、効果が発揮されない。
更に強力な消化液によって無効化され、感染能力持ちのセヤナーを捕食し続けることで、感染能力抗体という、文字通り感染能力に対する抗体がつくられるのだ。
スズメバチたちは、外骨格と消化能力を元から有し、セヤナーを食料にしていくうちに抗体をも獲得していた。
また、体格差があるとはいえ、スピードも攻撃能力もないセヤナーなど、物の数ではない。
ましてや巨大なセヤナーならば、ただの狙いやすい大きな的でしかない。
最初から、勝敗は決していたのだ。
「アアアアアアア! イーターイー!」
一方的な蹂躙。
セヤナーの脳裏によぎるのは、かつて他生物に怯えて過ごしていた頃のこと。
あの時の恐怖が、今になって鮮明に蘇る。
セヤナーの精神状態は、あの頃のような弱々しいものに戻っていた。
「ヤアアアアアア! ヤメテー! ヤメテー!」
セヤナーは、もう一つ勘違いをしていた。
巨大セヤナーは長い年月を生き、ある程度の知識を自然と得た個体であるため、全体的に温厚で臆病な性格をしている。
ゆえに、余計な争いを避け、周囲に馴染むことを重んじる傾向にある。
それは単なる気質ではなく、生き残るための手段でもあるのだ。
このセヤナーは、そのことを忘れていた。
そればかりか、自分の力を過信し、自信過剰になっていた。
だからこそ、今の状況がある。
「オネガイー! ユルシテー! オネガイー!」
先の傲慢さも、今の惨めな姿も、本来の巨大個体にあるまじき醜態。
野生を忘れ、驕り高ぶった生物にある意味ふさわしいとも言えるだろう。
その末路は、まさに慣習のようなものだ。
「タスケテー! タスケ……アアアアアアア! アアアアアアア!」
息を吐く間もなく、体の至るところを噛み千切られ、引き裂かれ、食べやすい大きさにされていく。
決して少なくない年月を生きたセヤナーの最期は、呆気ないものだった。
「ヤアアアア……ヤアアアア……」
敗北と死期を悟り、己の無知と浅慮を後悔しても、時すでに遅し。
勝利者たちの供物として、自らの全てを捧げることになるのだ。
この森の掟は、適者生存、弱肉強食。
環境に適していなければ、何らかの強さがなければ、ただ食われるだけ。
「アアアアア!」
ある場所では、大型のセヤナーがクマの繰り出す強烈な一撃で仕留められていた。
「ギッ……イッ……アッ……」
別の場所では、ムカデの接近に全く気付かなかった成体のセヤナーが、毒牙にかかり、虫の息になっていた。
「ヤアアアア! イタイ! イタイ! イタイ!」
「クルシイー! オネガイー! ヤメテー!」
「アッアッアッアッ……アッ……アッ……」
また別の場所では、大小様々なセヤナーがアリの大群に群がられ、その体を緩やかに削られていた。
こうして、今日もセヤナーたちは否応なく、自然の摂理にその身を捧げるのだ。
この日常のように繰り返される光景に対して、ある人物はこう言った。
『セヤナーは、自然界の食料のようだ』
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