最終更新: merciless_earth 2018年04月03日(火) 19:50:03履歴
全国各地に出没する謎多き生物。
彼らは見るものを欺き、狙った獲物の隙を見計らって狩る。
今回は、その存在に焦点を置こう。
ある観光地のゴミ廃棄場所に、三匹の野良セヤナーがいた。
自分たちの餌になりそうな生ゴミを漁るつもりだ。
そこに、新たな来客がやって来た。
「ヤデー ヤデー」
先に出てきた三匹と同じ姿が一つ。
三匹は特に警戒することなく、気軽に受け入れた。
一匹であれば、自分たちの取り分はそう減らないと思ったのだろう。
「ヤー オマエモー タベモノー サガスンー?」
「ヤデー」
「セヤカー」
その言葉を肯定と受け取り、話しかけた一匹は改めてビニール袋の方を向く。
直後、何かをかじる音。
間を置かず、腹足に激痛が走る。
「イッ……イタイイイイイ!」
「ウマイー」
かじられた側とその原因側の温度差は激しい。
腹足の半分を失ったセヤナーは激痛で引っくり返り、かじったその生物は平然としている。
「ヤッ……!」
「ナン……ヤアアアア!」
ビニール袋に近付こうとしていた他の二匹は叫び声に振り返り、驚愕する。
自分たちと同じセヤナーが、何故?
その生物はセヤナーではなく、コトノハスライムモドキという擬態種だ。
主食はセヤナーとダヨネーであり、この二種を欺いて捕食するセヤナーたちの天敵である。
それを知る由もない二匹はただ混乱する。
モドキはそのうちの一匹に近付き、
「イタダキマス」
顔面を削ぎ落とすように食らう。
顔を失ったセヤナーは、もう身動きが取れない。
肉が噛み切られ、咀嚼される音と共に、一息で完食されていく。
「アッ……アッアッ……」
三匹目のセヤナーに、口元についた体液をなめとりながら、モドキがにじりよる。
「ウ……ウチナー! ウチナー! ウチナアアアア!」
恐怖の余り、威嚇すらも辿々しくなる三匹目。
ふと、モドキが前進をやめた。
威嚇が通じた……わけでない。
自ら手を下す必要がなくなったのだ。
セヤナーの背後から、刺突音。
刺すような激痛が走る。
「ギッ……ヤアアアアアア!」
「オネーチャン、オマタセ」
尖った枝を、ダヨネーが腹足の後方部分に突き刺していた。
「アアアアアアア! アオイー! ナンデー!?」
ダヨネーはその言葉を無視し、セヤナーの腹足を執拗に痛めつける。
その顔に表情はなく、まるで流れ作業のように淡々とこなしていく。
「ヒギャアアアアアアア! ヤメテエエエエエエエ!」
その叫びも、黙殺。
とどめとばかりに眉間を貫いた。
「イタダキマス」
その言葉通り、セヤナーに食らい付いて、モドキと同じように咀嚼していく。
「アッ……アアアアア……」
起き上がれずにいた一匹目は、その光景に戦慄した。
それはもう、セヤナーの理解には及ばないものだった。
「アオイー ツギダー」
「ワカッター オネーチャン」
その恐怖の原因である二匹が、緩やかに迫ってくる。
「タスケテエ…… ダレカ タスケテエエエエエ!」
叫びは誰にも届かない。
断末魔の悲鳴は、肉の砕ける音に掻き消された。
このケースにもある通り、ダヨネーがセヤナーではなく、コトノハスライムモドキの味方に付くことは少なくない。
自分たちダヨネーが生き残るためには、セヤナーではなくモドキの方をパートナーに選ぶべきと判断し、彼らに荷担するのだ。
当然、ただ単に近付こうとすれば食物と判断されてしまうため、ダヨネーはセヤナーそのものやセヤナーを狩るための情報及び知恵を手土産にして、自分たちを仲間と認識してもらうのである。
モドキの方も、狩りに役立つ情報や知恵を提供し、時に擬態の手助けをしてくれるダヨネーの存在は貴重であると理解できるのか、そうした行動をとるダヨネーは捕食せず、共生相手として扱う。
本来は食う食われるの関係であったモドキとダヨネーが共生するパターンは徐々に増えつつある。
今、こうしてゴミ捨て場に現れたセヤナーたちを仲良く食するモドキとダヨネーもその中の一つだ。
「おや、アンタたちじゃないか。今日もお疲れさん」
近くの旅館の女将が、そんな二匹に親しげな挨拶を投げかける。
二匹も警戒せずに挨拶を返した。
三者の関係は良好のようだ。
観光地などの人が多い場所には、セヤナーが餌を求めてやって来ることがある。
だが一方で、そのセヤナーを追跡または待ち伏せし、観光地が荒れる前にセヤナーを捕食するモドキとダヨネーも出没する。
彼らはセヤナーを主食とし、棲処も自前で用意する心得があるため、ゴミ捨て場の生ゴミなどを荒らすこともなく、建物などの人の領域に侵入することもない。
そのため、その場所を管理する人間にとってありがたい存在となり得るのだ。
そのため、先のケースのように三者が友好関係を築くことはそう難しくない。
時には不慮の事態に陥り、棲処を用意できないモドキやダヨネーのために臨時場所を設ける地域も存在する。
そうした地域の補助を得ることで、モドキやダヨネーの活動はより効率よく回る。
まさに、三者内の好循環が出来上がるのだ。
ダヨネーがモドキと共生する理由は、これだけではない。
次のケースをご覧いただきたい。
この場所は、とある高原の観光地。
酪農や植物栽培で有名な場所であり、来客数も多い。
だが、そこに招かれざるものたちが現れ始めた。
「セーヤーナー……」
「ヤー ヤー ウチラー セヤナー」
「タベモノ ヨコセー」
巨大個体をリーダーとした、野生セヤナーの群れだ。
目的は観光地にある豊富な食料。
ただ狩りをして餌を取るよりも、観光地から食料を奪う方が楽だと判断したのだ。
当然、そのようなことをされれば、被害は経営側のみならず、来客にも及ぶ。
経営陣がそのことに苦心する最中、救いの手が差し伸べられた。
彼らが到着したのだ。
翌日。
「ゴーハーンー……」
「ウチナー ウチナー」
「エビフライヤー ハヨセーヤー」
この日もまた、セヤナーたちは横暴な振る舞いをしていた。
観光地のみならず、観光客からも餌をたかろうというつもりだ。
両親に連れられて来た子供たちは悲鳴を上げ、大人たちも大いに気味悪がった。
そうした中、巨大個体の前面を這い上がる存在が一つ。
人々も、同じセヤナーも、それをセヤナーの一匹だと信じて疑わなかった。
「ナンヤー……?」
「デカイー デカイー」
その存在は、場の雰囲気を気にせずに呑気な口調で言う。
「セヤロー…… ウチナー…… デカイー…… ダカラ…… エライー…… ツヨイー……」
巨大個体は自身を称賛されたと思い、誇らしげな様子だ。
しかし、その存在にそうした意図はないらしい。
「デカイカラ エライー? ツヨイー?」
その存在は、巨大個体の口元にいた。
「ナラ……」
その存在は、大きく口を開く。
「タメソウカ」
セヤナーにはありえないほどの大きさで。
巨大個体の口の肉が、大きく欠けた。
「イ゙ッ……イ゙ッ……イ゙ダイ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!」
千切れた部位から、体液が滴る。
突然の激痛に悶え、身を大きく震わせる。
「オオ アブナイ」
巨大個体の口元を大きく抉った存在は、呑気な調子のまま、十メートルほどの高さから軽々と飛び降り、難なく着地する。
この時、人々は察した。
あの行動、あの変形、あの食性。
あの存在がセヤナーではなく、コトノハスライムモドキであると。
周囲が注目する中、モドキと巨大セヤナーは対峙する。
もっとも、
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! イ゙ダア゙ア゙ア゙ア゙イ゙!」
巨大セヤナーは突然の攻撃と痛みに悶えたまま狼狽え、
「ナンダー? オシマイカー?」
モドキはどこかつまらなそうな様子だ。
見れば、他のセヤナーたちも激しく怯えている。
「アッアッ…… アッアッアッ……」
「ヤアアアアアア! リーダーガ…… リーダーガアアアアア!」
「コワイイイイイ! コワイイイイイイイ!」
その姿に、モドキはますます呆れたようだ。
「オマエラー…… ソレジャ カリガ ツマラナイー……」
一度の不意打ちだけでこうなるとは、モドキも予想ができなかった。
これでは、群れとして脆すぎる。
そうこうしているうちに、数匹のダヨネーが鋭い枝や丈夫な木の棒などを持って現れた。
セヤナーの数匹が、表情を明るくする。
「アオイー! オネガイー! タスケテー!」
だが、ダヨネーたちはセヤナーたちを無視する。
向かうのは、モドキの近く。
「オネーチャン サキニ イカナイデー」
「アオイガ オソイー キタエガ タリナイー」
姉妹の会話のようなやりとり。
まるで、モドキとダヨネーが姉妹関係にあるような感覚を、その場の誰もが覚えた。
「アッ…… アオイー!? ウチガ セヤナー ヤデー! オネーチャン ヤデー!」
最初に口を開いたのは、セヤナーの一匹だ。
だが、その言葉に振り返るダヨネーの視線は冷たい。
「ナニ イッテルノ?」
吐き捨てるように、
「ヤセイ ワスレテ」
突き付けるように、
「マワリニ メイワク カケナキャ イキラレナイ」
一蹴する。
「セヤナーハ オネーチャン シッカク」
その言葉は、セヤナーの心をへし折るのに十分な威力を持っていた。
今まで話していた個体は脱色し、もう口が利けなくなったように固まってしまった。
しかし、これこそがダヨネーがセヤナーではなくモドキについていく理由の二つ目でもある。
セヤナーが我儘で自分に都合良く物事を考える、悪い意味での楽観的な性格になりやすいのに対し、ダヨネーは協調性を重んじ、物事を素直に受け止める傾向にある。
そして、モドキもまた思考にこれといった癖がなく、時に野生に生きていく上で利点となる発想や器用さを見せることも多々ある。
ゆえに、自分たちに悪影響をもたらし、周囲に迷惑をかけてでも我儘を通そうとするセヤナーよりも、野生に生きる強さを与えてくれるモドキをパートナー、もしくは師として選ぶのだ。
中には、モドキに対し強い憧憬や恋慕に近い感情を抱くダヨネーも存在する。
「ヨネー ダカラ オモイダシテ」
ダヨネーたちは、恐怖で動けないセヤナーたちへ得物を向ける。
「ヤセイガ ナニカ」
その言葉を皮切りに、ダヨネーたちは一斉に動き出す。
先端を突き刺し、棒を叩き付け、己の触手で敵の腹足を剥ぎ取る。
「イッギャアアアアアアア!」
「ヤメッ……! アッ……!」
「ヒギィヤアアアアアアア! イタイイイイイイイ!」
手心を加えるダヨネーは、一匹もいない。
全ての個体が、容赦ない。
一方で、セヤナーたちはされるがまま。
野生を忘れ、精神が弛み切った生物など、他生物の格好の餌食だ。
今まで悶絶していた巨大個体が、体液まみれの涎を垂らしながら、ようやく動き出す。
「ア゙オ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙! ヴラ゙ギッダナ゙ア゙ア゙ア゙!」
理由は逆恨みというどうしようもないものだったが。
「ウラギッタ? ネーヨ」
先回りしたモドキが、今度は腹足に噛み付き、食い千切る。
「ギア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
「オマエラガ ミカギラレタ」
その証拠に、巨大個体の群れにはダヨネーが一匹もいない。
続けざまに、追撃。
巨大個体の腹足は、瞬く間に失われていった。
「イ゙ダイ゙ッ! ア゙ア゙ア゙ッ! イ゙ダイ゙ー……」
耐え難い苦痛に、巨大個体はとうとう動けなくなってしまう。
顔は涙と涎と体液と砂埃にまみれ、土をなめさせられたかのように汚れていた。
「モウオワリカ? マダダロ? ショクシュ アンダロ?」
そう言って、巨大個体の触手の数本を引っ張るモドキ。
「イ゙ッ! イ゙ッ! ヤ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! モ゙ヴ ヤ゙ダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
だが、巨大個体は音を上げている。
「イイノカ? ムレガ ドウナッテモ?」
モドキはダヨネーたちに追い詰められているセヤナーたちを示す。
その全員が、巨大個体に助けを求めていた。
「ジラ゙ナ゙イ゙イ゙イ゙! ア゙イ゙ヅラ゙ ガッデニ゙ ヅイ゙デギダ! ダガラ゙ ジラ゙ナ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!」
その言葉に、群れのセヤナーたちの抗議の声が次々と上がる。
捕食者を前にして、仲間同士で醜く争う。
「ワカッター…… モウ オワラセル」
モドキはこれ以上、群れのリーダーが醜態を晒すところを見たくなかった。
例え、それが器でないものだとしても。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! ア゙ッ……ア゙ッ……」
頭部を一気にかじり取られ、巨大個体は絶命する。
力を誇示し驕り高ぶっていたものが辿る、慣習のごとき末路だった。
見れば、他のセヤナーたちも、すでにダヨネーたちによって制圧されていた。
群れの全てが物言わぬ肉塊と化し、先ほど人間たちに対して尊大に振る舞っていた姿は影も形もない。
ダヨネーたちはモドキに成果を見せ、モドキはそんなダヨネーたちを称える。
人間たちの領域は、この奇妙な姉妹によって助けられたのだった。
全国各地には、セヤナーの天敵たる野生生物やセ虐師、駆除業者たちが存在し、更には各企業の用意した薬剤や駆除用メカ等が普及している。
しかし、セヤナーは異常なまでの繁殖力を持つ。
現状として、セヤナー被害に対する人財が不足していることは否定できない。
今回紹介したモドキとダヨネーのコンビが、この現状にどのような影響を与えるか。
今後の動きに注目が寄せられるだろう。
某モニタールームにて。
「駆除要員不足地帯を確認。直ちに全国へ情報を発信」
「過剰発生地帯の沈静化を確認。現状維持の方向に誘導」
「駆除対象、新規居住地を発見した模様。駆除勢力に情報を提供」
彼らの目的は、ただ一つ。
『全国民のために』
彼らは見るものを欺き、狙った獲物の隙を見計らって狩る。
今回は、その存在に焦点を置こう。
ある観光地のゴミ廃棄場所に、三匹の野良セヤナーがいた。
自分たちの餌になりそうな生ゴミを漁るつもりだ。
そこに、新たな来客がやって来た。
「ヤデー ヤデー」
先に出てきた三匹と同じ姿が一つ。
三匹は特に警戒することなく、気軽に受け入れた。
一匹であれば、自分たちの取り分はそう減らないと思ったのだろう。
「ヤー オマエモー タベモノー サガスンー?」
「ヤデー」
「セヤカー」
その言葉を肯定と受け取り、話しかけた一匹は改めてビニール袋の方を向く。
直後、何かをかじる音。
間を置かず、腹足に激痛が走る。
「イッ……イタイイイイイ!」
「ウマイー」
かじられた側とその原因側の温度差は激しい。
腹足の半分を失ったセヤナーは激痛で引っくり返り、かじったその生物は平然としている。
「ヤッ……!」
「ナン……ヤアアアア!」
ビニール袋に近付こうとしていた他の二匹は叫び声に振り返り、驚愕する。
自分たちと同じセヤナーが、何故?
その生物はセヤナーではなく、コトノハスライムモドキという擬態種だ。
主食はセヤナーとダヨネーであり、この二種を欺いて捕食するセヤナーたちの天敵である。
それを知る由もない二匹はただ混乱する。
モドキはそのうちの一匹に近付き、
「イタダキマス」
顔面を削ぎ落とすように食らう。
顔を失ったセヤナーは、もう身動きが取れない。
肉が噛み切られ、咀嚼される音と共に、一息で完食されていく。
「アッ……アッアッ……」
三匹目のセヤナーに、口元についた体液をなめとりながら、モドキがにじりよる。
「ウ……ウチナー! ウチナー! ウチナアアアア!」
恐怖の余り、威嚇すらも辿々しくなる三匹目。
ふと、モドキが前進をやめた。
威嚇が通じた……わけでない。
自ら手を下す必要がなくなったのだ。
セヤナーの背後から、刺突音。
刺すような激痛が走る。
「ギッ……ヤアアアアアア!」
「オネーチャン、オマタセ」
尖った枝を、ダヨネーが腹足の後方部分に突き刺していた。
「アアアアアアア! アオイー! ナンデー!?」
ダヨネーはその言葉を無視し、セヤナーの腹足を執拗に痛めつける。
その顔に表情はなく、まるで流れ作業のように淡々とこなしていく。
「ヒギャアアアアアアア! ヤメテエエエエエエエ!」
その叫びも、黙殺。
とどめとばかりに眉間を貫いた。
「イタダキマス」
その言葉通り、セヤナーに食らい付いて、モドキと同じように咀嚼していく。
「アッ……アアアアア……」
起き上がれずにいた一匹目は、その光景に戦慄した。
それはもう、セヤナーの理解には及ばないものだった。
「アオイー ツギダー」
「ワカッター オネーチャン」
その恐怖の原因である二匹が、緩やかに迫ってくる。
「タスケテエ…… ダレカ タスケテエエエエエ!」
叫びは誰にも届かない。
断末魔の悲鳴は、肉の砕ける音に掻き消された。
このケースにもある通り、ダヨネーがセヤナーではなく、コトノハスライムモドキの味方に付くことは少なくない。
自分たちダヨネーが生き残るためには、セヤナーではなくモドキの方をパートナーに選ぶべきと判断し、彼らに荷担するのだ。
当然、ただ単に近付こうとすれば食物と判断されてしまうため、ダヨネーはセヤナーそのものやセヤナーを狩るための情報及び知恵を手土産にして、自分たちを仲間と認識してもらうのである。
モドキの方も、狩りに役立つ情報や知恵を提供し、時に擬態の手助けをしてくれるダヨネーの存在は貴重であると理解できるのか、そうした行動をとるダヨネーは捕食せず、共生相手として扱う。
本来は食う食われるの関係であったモドキとダヨネーが共生するパターンは徐々に増えつつある。
今、こうしてゴミ捨て場に現れたセヤナーたちを仲良く食するモドキとダヨネーもその中の一つだ。
「おや、アンタたちじゃないか。今日もお疲れさん」
近くの旅館の女将が、そんな二匹に親しげな挨拶を投げかける。
二匹も警戒せずに挨拶を返した。
三者の関係は良好のようだ。
観光地などの人が多い場所には、セヤナーが餌を求めてやって来ることがある。
だが一方で、そのセヤナーを追跡または待ち伏せし、観光地が荒れる前にセヤナーを捕食するモドキとダヨネーも出没する。
彼らはセヤナーを主食とし、棲処も自前で用意する心得があるため、ゴミ捨て場の生ゴミなどを荒らすこともなく、建物などの人の領域に侵入することもない。
そのため、その場所を管理する人間にとってありがたい存在となり得るのだ。
そのため、先のケースのように三者が友好関係を築くことはそう難しくない。
時には不慮の事態に陥り、棲処を用意できないモドキやダヨネーのために臨時場所を設ける地域も存在する。
そうした地域の補助を得ることで、モドキやダヨネーの活動はより効率よく回る。
まさに、三者内の好循環が出来上がるのだ。
ダヨネーがモドキと共生する理由は、これだけではない。
次のケースをご覧いただきたい。
この場所は、とある高原の観光地。
酪農や植物栽培で有名な場所であり、来客数も多い。
だが、そこに招かれざるものたちが現れ始めた。
「セーヤーナー……」
「ヤー ヤー ウチラー セヤナー」
「タベモノ ヨコセー」
巨大個体をリーダーとした、野生セヤナーの群れだ。
目的は観光地にある豊富な食料。
ただ狩りをして餌を取るよりも、観光地から食料を奪う方が楽だと判断したのだ。
当然、そのようなことをされれば、被害は経営側のみならず、来客にも及ぶ。
経営陣がそのことに苦心する最中、救いの手が差し伸べられた。
彼らが到着したのだ。
翌日。
「ゴーハーンー……」
「ウチナー ウチナー」
「エビフライヤー ハヨセーヤー」
この日もまた、セヤナーたちは横暴な振る舞いをしていた。
観光地のみならず、観光客からも餌をたかろうというつもりだ。
両親に連れられて来た子供たちは悲鳴を上げ、大人たちも大いに気味悪がった。
そうした中、巨大個体の前面を這い上がる存在が一つ。
人々も、同じセヤナーも、それをセヤナーの一匹だと信じて疑わなかった。
「ナンヤー……?」
「デカイー デカイー」
その存在は、場の雰囲気を気にせずに呑気な口調で言う。
「セヤロー…… ウチナー…… デカイー…… ダカラ…… エライー…… ツヨイー……」
巨大個体は自身を称賛されたと思い、誇らしげな様子だ。
しかし、その存在にそうした意図はないらしい。
「デカイカラ エライー? ツヨイー?」
その存在は、巨大個体の口元にいた。
「ナラ……」
その存在は、大きく口を開く。
「タメソウカ」
セヤナーにはありえないほどの大きさで。
巨大個体の口の肉が、大きく欠けた。
「イ゙ッ……イ゙ッ……イ゙ダイ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!」
千切れた部位から、体液が滴る。
突然の激痛に悶え、身を大きく震わせる。
「オオ アブナイ」
巨大個体の口元を大きく抉った存在は、呑気な調子のまま、十メートルほどの高さから軽々と飛び降り、難なく着地する。
この時、人々は察した。
あの行動、あの変形、あの食性。
あの存在がセヤナーではなく、コトノハスライムモドキであると。
周囲が注目する中、モドキと巨大セヤナーは対峙する。
もっとも、
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! イ゙ダア゙ア゙ア゙ア゙イ゙!」
巨大セヤナーは突然の攻撃と痛みに悶えたまま狼狽え、
「ナンダー? オシマイカー?」
モドキはどこかつまらなそうな様子だ。
見れば、他のセヤナーたちも激しく怯えている。
「アッアッ…… アッアッアッ……」
「ヤアアアアアア! リーダーガ…… リーダーガアアアアア!」
「コワイイイイイ! コワイイイイイイイ!」
その姿に、モドキはますます呆れたようだ。
「オマエラー…… ソレジャ カリガ ツマラナイー……」
一度の不意打ちだけでこうなるとは、モドキも予想ができなかった。
これでは、群れとして脆すぎる。
そうこうしているうちに、数匹のダヨネーが鋭い枝や丈夫な木の棒などを持って現れた。
セヤナーの数匹が、表情を明るくする。
「アオイー! オネガイー! タスケテー!」
だが、ダヨネーたちはセヤナーたちを無視する。
向かうのは、モドキの近く。
「オネーチャン サキニ イカナイデー」
「アオイガ オソイー キタエガ タリナイー」
姉妹の会話のようなやりとり。
まるで、モドキとダヨネーが姉妹関係にあるような感覚を、その場の誰もが覚えた。
「アッ…… アオイー!? ウチガ セヤナー ヤデー! オネーチャン ヤデー!」
最初に口を開いたのは、セヤナーの一匹だ。
だが、その言葉に振り返るダヨネーの視線は冷たい。
「ナニ イッテルノ?」
吐き捨てるように、
「ヤセイ ワスレテ」
突き付けるように、
「マワリニ メイワク カケナキャ イキラレナイ」
一蹴する。
「セヤナーハ オネーチャン シッカク」
その言葉は、セヤナーの心をへし折るのに十分な威力を持っていた。
今まで話していた個体は脱色し、もう口が利けなくなったように固まってしまった。
しかし、これこそがダヨネーがセヤナーではなくモドキについていく理由の二つ目でもある。
セヤナーが我儘で自分に都合良く物事を考える、悪い意味での楽観的な性格になりやすいのに対し、ダヨネーは協調性を重んじ、物事を素直に受け止める傾向にある。
そして、モドキもまた思考にこれといった癖がなく、時に野生に生きていく上で利点となる発想や器用さを見せることも多々ある。
ゆえに、自分たちに悪影響をもたらし、周囲に迷惑をかけてでも我儘を通そうとするセヤナーよりも、野生に生きる強さを与えてくれるモドキをパートナー、もしくは師として選ぶのだ。
中には、モドキに対し強い憧憬や恋慕に近い感情を抱くダヨネーも存在する。
「ヨネー ダカラ オモイダシテ」
ダヨネーたちは、恐怖で動けないセヤナーたちへ得物を向ける。
「ヤセイガ ナニカ」
その言葉を皮切りに、ダヨネーたちは一斉に動き出す。
先端を突き刺し、棒を叩き付け、己の触手で敵の腹足を剥ぎ取る。
「イッギャアアアアアアア!」
「ヤメッ……! アッ……!」
「ヒギィヤアアアアアアア! イタイイイイイイイ!」
手心を加えるダヨネーは、一匹もいない。
全ての個体が、容赦ない。
一方で、セヤナーたちはされるがまま。
野生を忘れ、精神が弛み切った生物など、他生物の格好の餌食だ。
今まで悶絶していた巨大個体が、体液まみれの涎を垂らしながら、ようやく動き出す。
「ア゙オ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙! ヴラ゙ギッダナ゙ア゙ア゙ア゙!」
理由は逆恨みというどうしようもないものだったが。
「ウラギッタ? ネーヨ」
先回りしたモドキが、今度は腹足に噛み付き、食い千切る。
「ギア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
「オマエラガ ミカギラレタ」
その証拠に、巨大個体の群れにはダヨネーが一匹もいない。
続けざまに、追撃。
巨大個体の腹足は、瞬く間に失われていった。
「イ゙ダイ゙ッ! ア゙ア゙ア゙ッ! イ゙ダイ゙ー……」
耐え難い苦痛に、巨大個体はとうとう動けなくなってしまう。
顔は涙と涎と体液と砂埃にまみれ、土をなめさせられたかのように汚れていた。
「モウオワリカ? マダダロ? ショクシュ アンダロ?」
そう言って、巨大個体の触手の数本を引っ張るモドキ。
「イ゙ッ! イ゙ッ! ヤ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! モ゙ヴ ヤ゙ダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
だが、巨大個体は音を上げている。
「イイノカ? ムレガ ドウナッテモ?」
モドキはダヨネーたちに追い詰められているセヤナーたちを示す。
その全員が、巨大個体に助けを求めていた。
「ジラ゙ナ゙イ゙イ゙イ゙! ア゙イ゙ヅラ゙ ガッデニ゙ ヅイ゙デギダ! ダガラ゙ ジラ゙ナ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!」
その言葉に、群れのセヤナーたちの抗議の声が次々と上がる。
捕食者を前にして、仲間同士で醜く争う。
「ワカッター…… モウ オワラセル」
モドキはこれ以上、群れのリーダーが醜態を晒すところを見たくなかった。
例え、それが器でないものだとしても。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! ア゙ッ……ア゙ッ……」
頭部を一気にかじり取られ、巨大個体は絶命する。
力を誇示し驕り高ぶっていたものが辿る、慣習のごとき末路だった。
見れば、他のセヤナーたちも、すでにダヨネーたちによって制圧されていた。
群れの全てが物言わぬ肉塊と化し、先ほど人間たちに対して尊大に振る舞っていた姿は影も形もない。
ダヨネーたちはモドキに成果を見せ、モドキはそんなダヨネーたちを称える。
人間たちの領域は、この奇妙な姉妹によって助けられたのだった。
全国各地には、セヤナーの天敵たる野生生物やセ虐師、駆除業者たちが存在し、更には各企業の用意した薬剤や駆除用メカ等が普及している。
しかし、セヤナーは異常なまでの繁殖力を持つ。
現状として、セヤナー被害に対する人財が不足していることは否定できない。
今回紹介したモドキとダヨネーのコンビが、この現状にどのような影響を与えるか。
今後の動きに注目が寄せられるだろう。
某モニタールームにて。
「駆除要員不足地帯を確認。直ちに全国へ情報を発信」
「過剰発生地帯の沈静化を確認。現状維持の方向に誘導」
「駆除対象、新規居住地を発見した模様。駆除勢力に情報を提供」
彼らの目的は、ただ一つ。
『全国民のために』
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