校門を出て10分ほど歩き、市営バスの停留所のベンチに腰をかける。
すると2匹の軟体生物がずん子の足元に擦り寄ってきた。
薄汚れたセヤナーとダヨネーだ。
両方とも疲れているのだろうか。動きと表情にハリがない。
「オネガイー… オネガイー…」
2匹はそう言いながら、ずん子の革製ローファーを包み込むように体を動かした。
たぶん、靴を磨いているつもりなのだろう。
実際こうやって磨かれると、ピカピカとまではいかずとも靴はそれなりに綺麗になった。
無論、それに比例して2匹の身体は黒ずんでいく。
「オネガイー… オネガイー…」
こうすることで、この姉妹(?)はお人好しな人間に残飯を恵んでもらっているのだ。
これは、ダヨネーの知恵だろうか?
まったく考えたものだ。
セヤコロリが一般に普及し生ゴミすら手に入れることが難しくなった昨今。
東北と言えど都市部の野良セヤナーが生きていくのには厳しい時代になった。
そうした事情は理解できるが、しかし、こうも毎日擦り寄ってこられるとさすがに少しイライラしてくる。
ずん子は哀れっぽく靴を磨くセヤナーを見下げ、自身の靴底を彼女の頬に擦りつけた。
「アッ…ヤメテー! イタイー!」
「やめてもいいですけど、そうしたらご飯はあげませんよ?」
ずん子が言うと、セヤナーは静かになった。
痛みに耐えているのだろうか、全身がプルプル震えている。
踏みつける力を強くすると、押し返す弾力と独特の振動が足の裏から伝わってきて、それなりに面白かった。
ぶよぶよとした感触がキモかわいい。
「ヨネー! ヤメテー! オネーチャンヲ イジメナイデー!」
そうこうしていると、ダヨネーが自ら靴底に入り込んできた。
そしてその口で靴底にこびりついた泥をなめはじめる。
「ダヨネー キレイニスルカラ… オネーチャンヲ イジメナイデ…」
「アオイー…!」
「オネーチャン……!」
……は?
なんだこのしみったれた三文芝居は。
ずん子はため息をつき、今日の昼に食べ残したナポリタンサンドを汚いアスファルトの地面に落とした。
「ヤッ!」
「ヨネッ!」
2匹の表情がほんの少し明るくなったその時に、ローファーで食べ残しを踏みつけ靴の跡をつけてやる。
こいつらにはこれで十分だろう。
「ア、アリガトナー…」
「ヨネー…」
2匹は引きつった笑顔で一応の礼を言い、惨めったらしく地面を這ってゴミと化したナポリタンサンドに口をつけた。
「ヤー…ウマイナァー…」
「ウン…オイシイー…」
「キョウハ クエテヨカッタナー…」
「ヨネー… オネーチャンノ オカゲヨネー…」
なにが「お姉ちゃんのおかげ」だ。
くだらない。
思いつつ、ずん子がふと顔をあげると、2匹と同じことをしていた別のセヤナーが蹴り飛ばされている光景が見えた。
「ヤッ!? アアアアアアアアアアアア!!」
蹴りを受けたセヤナーはサッカーボールのように吹き飛び、数回地面をバウンドしてその身をアスファルトで削られた。
「イ、イタイイイイッ!! アッ…アッ…タスケテー! オネガイー……!」
ボロボロになったセヤナーが路上でうめいた。
しかし、当然というべきか彼女の最後は早かった。
ずん子の待っていたバスがやってきたのだ。
「ヤッ……! タスケテー! セヤナー ニ、ニゲルー!!」
蹴られたセヤナーは傷だらけの身体で地面を這うが、避けきれるはずもない。
「ヤメテー! コナイデー!! コナイ――」
ぐしゃ。
大型バスのタイヤに潰され、1匹のセヤナーが刹那の間に命を落とした。
今となっては、そこに彼女がいたことを証明するものは僅かに飛び散った桃色の液体だけだ。
「アッ…アッ…アッ…アッ……!」
ずん子の足下にいた2匹はその光景を目の当たりにして僅かに脱色し、情けない嗚咽と痙攣を繰り返していた。
死んだ彼女は仲間だったのだろうか?
2匹の間の子供という可能性もなくはない。
まぁ、そんなことはどうでもいいが……。
東北の少女は立ち上がりざまに、ナポリタンサンドを踏んで汚れた靴底をセヤナーの背中で軽く掃除し、到着したバスに乗り込んだ。
END
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