セヤナーを虐めたりいじめたりイジめたりしたい

セヤナーの類似種にダヨネーという生物がいる。
触手の色はピンクではなく水色、髪飾りに似た感覚器官は赤ではなく青を中心とした配色という外見の違いがある。
また、セヤナーと比べて繁殖能力や身体能力が低く、有する特殊能力もほとんどない。
その代わり、セヤナーよりも多少知能が高く、性格も物分かりがよく優しいため、他者との協調性にも優れている。
そして、類似種のセヤナーとは友好的だ。

しかし、物事には例外がつきものである。


『ダヨネー、セヤナーを見限り始めた!?』
これは、インターネット配信のニュース番組の一つ。
「今の野生及び野良のダヨネーは、セヤナーが危機に陥っても助けない、と?」
番組の顔であるキャスターが、今回の解説役である専門家に問いかける。
「全ての個体がそうとは限りません。ただ、現時点でそういう個体が増えつつあるというのは事実です」
そう回答する専門家の隣には、ある映像が映し出されるスクリーン。
「こちらの映像をご覧下さい」
そこには捕食者の牙にかかり、『タスケテー! アオイー!』と例の決まり文句をわめくセヤナーの姿があった。
だが、その鳴き声は誰にも届かず、虚しく宙に消えていく。
次の瞬間、牙に穿たれ、目や口、傷など、あらゆる穴から体液を流すセヤナーの残骸が映る。
ここで、映像は一旦停止した。
「……おや?」
メインキャスターは、何かに気付いたようだ。
「画面右下、ここにダヨネーが隠れてませんか?」
示した先には、水色の糸のようなものが見える。
専門家は首肯する。
「正解です。ここにいるダヨネーは、この瞬間を静観していたというわけですね」
持っていたフリップを、そばの台に乗せて見せる。
そこには、いくつかの図と文字が印刷されていた。
「理由の一つとして、自分たちが生き残るためというものがあります」
図の一つはグラフだ。
「こうしたケースでは、飛び出していって助けるのと、映像のように隠れて静観するとでは、当然ダヨネーの生存率は変わってきます」
「つまり、セヤナーよりも自分たちの命を優先する、と」
「はい。こういった状況では、セヤナーが助かる可能性はほぼゼロです。だからこそ、自分たちだけでも生き残ろうというわけですね」
「泣く泣くセヤナーを見捨てることで、ダヨネーという種を絶やさないようにする、ということでしょうか?」
「その通りです」
映像が切り替わり、再び動き出す。

「それでは、次の映像をどうぞ」
画面には、ダヨネーがゴミ捨て場のものをあさるセヤナーと対面する姿が映る。
『アオイー ドウシター?』
能天気な表情のセヤナーに対して、ダヨネーの顔色は暗い。
『オネーチャン…… ココ ニンゲンサンノ ナワバリ…… アラシタラ オコラレルー……』
キャスターが、訝しげに眉をひそめる。
「『人間の縄張り』……? このダヨネーは、人間のテリトリーが分かるんですか?」
「はい、そうです。テリトリーを把握し、そこに侵入すればどうなるか、ダヨネーには分かっているんですね」
映像では、セヤナーとダヨネーの会話が続いている。
『ココナー ウチラノ ゴハン アルデー?』
『チガウ! ココノモノ ニンゲンサンノ! トッタラ ヒドイメニ アッチャウ!』
キャスターは、ダヨネーの発言に注目していた。
「ダヨネーのこの言動……人間を恐れているんですかね?」
「まさにそうです。『人間の縄張り』、すなわちゴミ捨て場などの所有地を荒らしたり、そこから物を盗ったりしたら、どのような目に遭うか。過去に見た経験や、親以前の世代から聞いた話で、ダヨネーはそれを理解しています」
しかし、それがセヤナーに通じなかったらしい。
『ナンデー!? アオイノ スキナ ナポリタンモ アルデー!?』
『オネーチャン…… モウ スキニシテ……』
説得をあきらめたのか、ダヨネーはその場から去っていく。
『アオイー? アオイハ イランノー?』
『イラナイ……』
ゴミ捨て場やセヤナーが映らない所まで、ダヨネーは無言のまま移動していく。
途中、セヤナーの断末魔の叫びが上がっても、そちらを振り返ることはなかった。
ダヨネーが立ち止まったのは、町の近くにある森林の中。
ふと、ダヨネーが地面に落ちている濃褐色の木の実に気付く。
「これを餌に選ぶんでしょうか?」
「状況によりけり、といったところですね」
ダヨネーはすぐ木の実を拾わずに、頭上や道の先など、周囲をよく確認した後、ようやく実を拾い、移動を再開する。
「周りを観察していたようですね。これも何かを警戒しての行動ですか?」
「その通り。誰かの所有物であれば、拾わずにそのまま立ち去ったでしょう。今回は誰の物でもないという判断を下したんでしょうね」
キャスターはふと、浮かんできた疑問を口にする。
「そうした方法だと、得られる餌の質や量も低いと考えられます。ダヨネーはどのように対応を?」
「個体の中には燃費が悪く、大食いなものもいますが、基本的には月に数回、少量の水と栄養を摂取するだけで生きられます」
専門家の解説は続く。
「また、ダヨネーはセヤナーよりも運動能力が低い分、消費されるエネルギーも少ないので、必要な餌も比例して少なくて済みます。対策としては、無駄なエネルギーを使わない、というのが効率的でしょう」
「なるほど、ありがとうございます」
キャスターが一礼した直後、映像の中にダヨネーやセヤナーとは別の生物が映った。
それは、まるでケチャップのようなもので彩られた触手状の生物。
「これは野生のナポリタンでしょうか? 人里の近くでは珍しいですよね?」
「そうですね。一般的に知られているダヨネーであれば、この場面で何らかの捕食行動をとりますが、今回のケースではそうなりません」
映像には、ダヨネーがナポリタンを眺めて疑問符を浮かべる姿がある。
『アノコ…… ダレ?』
キャスターが先ほどよりも怪訝そうな反応をする。
「あれ、ナポリタンのことを知らないんでしょうか? ダヨネーなら本能的に分かるのでは……」
「その本能が消失している証拠ですね。ナポリタンの存在自体を知らないか、あるいは忘れています」
「先生の説明にもあった、無駄なエネルギーを使わない、ということにも繋がるんですね」
「そうなります。必ずしもナポリタンを捕獲できるわけではありませんし、逆に捕食されることも十分ありえますので」
場面は、また別のものに切り替わる。

今度は森の中で、ダヨネーとセヤナーが向かい合っている。
『オネーチャン』
『アオイー アオイー』
一見、互いに友好的に見える場面だ。
しかし、専門家は言う。
「状況は、ここで一変します」
『ヤー アオイー セヤナー ヤデー』
『……オネーチャン』
ダヨネーの表情は、先の映像よりも暗い。
何故なら、

『ゴメン』

セヤナーの背後から、奇襲。
その一撃は、余りにも重かった。

セヤナーを痛打したのは、即席の棍棒とも呼べるほど頑丈そうな木の枝。
『ナ……ンデー イタイー ナン……デー』
奇襲をかけたのは、セヤナーの正面にいる個体とは別のダヨネー。
追い打ちとばかりに、二度、三度と何回も殴打を繰り返す。
特に口や腹足への攻撃は、他の部位以上に入念に行なわれる。
「口への攻撃は助けを呼ばれないため、腹足への攻撃は逃がさないためでしょうね」
キャスターの言葉に「仰る通り」と首肯する専門家。
『ア゙ッ……ア゙ア゙ッ……イ゙ダイ゙イ゙……グル゙ジイ゙……』
無言で殴り続けるダヨネーの表情もまた、無。
何を思っているかは、一切読み取れない。
『ヤ……ヤー……』
叫べず、動けなくなったセヤナーを、正面にいたダヨネーが運び、前を行く奇襲役に続く。
二匹は終始、沈黙していた。
「先生、解説をお願いします」
「これは、餌が手に入らなかった場合、いわゆる緊急手段として用いられます」
淡々と、解説する。
「ダヨネーとセヤナーの友好関係を利用した方法の一つです。引き付け役に気を取られているうちに、奇襲役が行動不能にする、という仕組みです」
「確かに、緊急手段でしょうね」
「セヤナーとの信頼関係など、問題は色々あります。しかし、餓死するよりもそれらのリスクを受け入れた、というのがこのケースです」
死んではいないものの、声一つ上げられないセヤナー。
これまでの流れを踏まえれば、その末路は推して知るべし。
スクリーンは、また新たな場面に切り替わる。

変わった色合いをした地底湖が映し出される。
主にピンクとベージュに彩られており、中心に近付くにつれて、色が濃くなっている。
「これは、地中セヤナーが地底湖に落ちて、一体化したものです」
この奇妙な風景を、専門家は至って冷静に解説する。
「湖の水を吸収することで超大型化し、上から降る養分を含んだ水滴で成長します。反面、自我は非常に薄まっており、栄養吸収と子セヤナーを生み出すこと以外はほぼできないでしょう」
その湖の中から、子セヤナーと思わしきものが多数浮かび上がる。
「子セヤナーにしては大きいですね」
「親が超大型である分、子も成体の大きさになると思われます」
中には陸棲だけでなく、水棲や地中個体などもいた。
だが、陸棲以外は、湖から出る前にまた沈んでいく。
「水棲と地中個体は動きが遅いため、親に養分として再吸収されてしまいます。この仕組みは、親である超大型個体にも抑えられません」
唯一、岸に上がれた陸棲セヤナーが何かに気付いたようだ。
『ヤー! アオイー!』
ダヨネーの姿が、そこにはあった。
「このダヨネーは、地底湖の付近を棲処とする個体です。何故この場所を選んだかは、続きをご覧下さい」
専門家がそう言った直後、動きがあった。
『アアアアアアア! イタイー!』
ダヨネーが、セヤナーの腹足の前面をかじっている。
捕食行動は止まらない。
『ナンデエエエエエ!? ヤメテエエエエエ!』
痛みに耐えかね、セヤナーは泣き叫ぶ。
この光景は、ここ以外の湖岸一帯で行なわれていた。
『ヤアアアアアア! ドウシテエエエエエ!?』
『イタイイイイイ! タスケテエエエエエ! アオイイイイイ!』
『オネガイイイイイ! ユルシテエエエエエ!』
「この行動は、先の映像と似た状況でしょうか?」
キャスターは問いかける。
「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えますね」
専門家は答える。
「他に棲処や食料がないので、ここにいるしかないダヨネーもいますが、栄養補給の効率性が良いので、自分からこの場所と方法を選んだダヨネーもいます」
「先ほど話題にも挙がったセヤナーとの信頼関係について、この場所ではどのようになるんでしょうか?」
「目撃したセヤナーを全て消すと結論付けるダヨネーもいれば、致し方ないとあきらめるダヨネーもいます。また、それを考えている余裕がないというダヨネーもいますね」
映像で映されているダヨネーの捕食速度は、目撃したセヤナーを全て平らげるほどの勢いだ。
今回は目撃者をゼロにする方針らしい。
「なるほど。この場所であれば、燃費の悪いダヨネーでも十分生きられそうですね」
「もちろん、そうなりますね」
キャスターの意見を、専門家は否定しない。

番組はエンドロールの時間。
スタッフの名前が流れる中、画面はダヨネーの群れが人里を離れ、より自然の多い場所へ向かっていく映像になる。
「野良ダヨネーの群れですね。この群れはどこへ向かうんでしょうか?」
「野生ダヨネーが棲む場所です。野良の群れは人間からできるだけ離れるため、より野生の環境に近い所を目指します。そこで野生ダヨネーの力を借りることになります」
「野生ダヨネーは、野良ダヨネーを受け入れるということですか?」
「はい。野生個体は野生でしか得られない知恵や棲処などを提供する代わりに、野良個体を野良独自の知識や労働力などの面で頼りにします」
映像には、野良ダヨネーを暖かく迎える野生ダヨネーと、そんな野生ダヨネーに深く感謝する野良ダヨネーの姿があった。
「思ったよりも友好的な関係を築いていますね」
「ダヨネーはセヤナー以上に温厚で穏便なので、こうなりやすい性質を持っています」
互いに安堵した表情を浮かべる野生と野良。
その場面で提供スポンサーの名前が読み上げられ、番組はここで終わりとなる。

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