セヤナー虐めwiki - 森のセヤナーは巣作りがしたい
初夏の日差しが青々とした木々を照らしている。
そんな森の中を、1匹の生物が歩いていた。
いや、歩いていたという表現には誤りがある。その生物には足が無い。
全長は15cmほどであろうか、出来の悪いスライムのような形をしたソレは、木々の間を前進している。
軟体である体全体を伸縮させ、這うようにして進んでいるようだ。
這った後がかすかに湿っているところを見ると、この生物は粘液のようなもので覆われているらしい。
一見するとナメクジのようなソレは、しかしピンクとベージュ色の皮膚、
そして後頭部に見られるリボンのような飾りで自分が別種であることを主張していた。
「セヤナー」
自身の名前の由来でもある鳴き声を1つ発し、セヤナーは歩みを止めた。
歩き疲れたのだろうか、傍にある木の根元で休憩するかのように体を弛緩させる。
自重で少し潰れ、元から平べったい体形がさらに平らになるのがなんとも愛らしい。
「ヤーデー」
口のように見える感覚器官から発せられる鳴き声の意味は分からないが、その声には疲れが滲んでいるように聞こえる。
「ウチノー ウチナー」
セヤナーはその見た目の通り、活発に動き回るような生物ではない。
当然、疲れるまで歩き続けるなんてことも普通はしない。
しかし、このセヤナーには疲れてでも歩き続ける理由があった。
巣作りだ。
「ウチハナー ウチヤナー」
野生のセヤナーに対し、自然は厳しい。
鳥や獣などの天敵に出会えば簡単に捕食されるし、大雨が降れば流されて命を落とすことすらある。
だからであろうか、セヤナーは安全な巣を求める。
天敵から身を隠し、自然の脅威から守ってくれる巣を持つことはセヤナーが自然界で生存する為の必須条件なのだ。
「ンー イクデー」
時間にすればほんの数分の休憩。
疲れはそれほど抜けていないだろうが、セヤナーは再び歩き出した。



「セーヤ セーヤ」
現在、セヤナーはそこそこ高い木を登っている。
あまり知られていないことだが、セヤナーは木登りが得意だ。
速度は遅いが、木登りの最中に落ちるようなことはまず無い。
ナメクジが木を登るのと同じ理屈だ。
たっぷりと時間をかけ、セヤナーは地上から見つけた目的の場所にたどり着いた。
地上からの高さおよそ2m。
それは木の側面にぽっかりと空いた穴、樹洞だった。
地面から高さがあるため獣から襲われにくく、雨風をしのぐこともできる。
森に棲むセヤナーにとって、樹洞は巣としての条件を満たす場所の1つなのだ。
セヤナーは地上からこの樹洞を見つけ、巣に出来るんじゃないかと木を登っていたわけだ。
しかし、巣として適しているが故に他のセヤナーが既に住んでいる可能性は高い。
基本的に温厚なセヤナーだが、自分の巣に他のセヤナーが近づいてきたとなれば話は別だ。
武力行使に出るとまではいかなくとも、威嚇のひとつ程度は当然する。
このセヤナーとしても、無駄な争いは望んでいない。
なので、もし中に住人がいても気づかれないよう、こっそりと中を覗き込んだ。
唯一の出入り口である直径20cmほどの穴から覗いた樹洞の中は、少し大きめの壺のような形をしていた。
そこはそれなりに広く、光が入らず薄暗く、そして少しだけ湿っていた。
他のセヤナーが住んでいる形跡は……なかった。
しばらく品定めするかのように眺めていたセヤナーが、唐突に鳴いた。
「ウチノー ウチヤナー」
どうやら、ここを巣に決めたようだ。

「ウチナー インテリアデザイナー ヤーデー」
セヤナーには巣を飾る習性がある。
飾ると言っても単なる装飾ではなく、生きるために必要なものを作って設置するのだ。
このとき、いくつかの材料を必要とする。
例えば入口を迷彩する木の枝や、寝床となるベッドを作るための枯草などだ。
個体によっては時間をかけて凝った巣を作ることもあるようだが、
このセヤナーはとりあえず必要最低限だけ、つまり迷彩とベッドだけを作ることに決めたようだ。

「セー ヤッ!」
入口から樹洞の外に出たセヤナーはその場で体を沈め、その反動を全身に伝達した。
端的に言えば、ジャンプした。
木の側面でジャンプしたのだから、当然のようにそのまま落下する。
これは別に奇行というわけではない。
セヤナーは上った木や壁から降りるとき、地面が柔らかければ飛び降りることで素早く降りることが出来るのだ。
……ただし。
「イタイー!」
それは、あくまでも地面が柔らかかった場合のみ。
地面が固ければ当然痛い。飛び降りた高さによっては最悪の場合、死ぬこともある。
このセヤナーとしても痛い思いをしてまで早く降りようとは思っていなかった。
セヤナーの記憶では、この木の根元は柔らかかったはずだった。
実際、木の根元には柔らかい枯葉が積もっている。
が、運の悪いことに地面から隆起した木の根に落ちてしまったようだ。
「ナンデー…… イタイー……」
目の端から涙を滲ませ、口からは恨みの言葉を吐き出しながらもセヤナーは巣作りの材料を集めはじめた。
あの木の根っこにはクッションとして枯葉をたくさん敷こう……
そんなことを考えながら。



「ウチノー ウチヤナー」
空が茜色に染まり、太陽は西の山に沈みつつある。
もうすぐ夜が来るというタイミングで、セヤナーの巣が完成した。
枯葉と柔らかい草で作ったふかふかのベッド、入口には木の枝を数本おいて作った迷彩。
そして樹洞の下の地面、正確にはそこにある木の根の上には、柔らかい草がこれでもかというほど敷かれている。
「ウチノー! ウチヤナー!」
よほど嬉しいのか、先ほどから同じ言葉を何度も発している。
これでもう疲れるほど歩く必要はない。
それに、天敵や自然の驚異からもこの巣が自分を守ってくれるだろう。
そんな安堵感がセヤナーに喜びの感情を与えているようだ。
「ヤー…… セヤナー……」
どうやら、安堵感が与えたのは喜びだけではなかったらしい。
セヤナーの鳴き声が間延びしてきている。それに、その小さな目は今にも閉じそうだ。
今日は随分と歩いたし、巣を作るためによく働いた。
明日からは狩りも始めなければならないな。
エビフライーはおるかなあ。
そんなことを考えているのかは本人にしか分からないが、セヤナーは眠りに落ちた。



「セーヤー セーヤー」
太陽は空の一番高いところまで登っている。時刻はとっくに昼過ぎだ。
しかし、セヤナーはいまだにぐっすりと眠っている。
無理もない。昨日の疲れがまだ残っているのだろう。
巣の中にいるという安心感が睡眠をより深いものにしているのかもしれない。
セヤセヤと眠っているセヤナーに、起きる様子は見られなかった。
しかし、自然はセヤナーに対して残酷だ。
「ゲッゲェッゲッ」
突然響いた汚く濁った音が、セヤナーを眠りから叩き起こした。
「ヤー! ナニー!?」
飛び起きたセヤナーの目に映ったのは、出入口にある鳥のシルエットだった。
戦慄が走った。
出入口には木の枝で作った迷彩があるはずだ。なのに、なぜ鳥がそこに居る?
セヤナーにとっては異常な状況だったが、実際は何ら不思議なことは無い。
完璧だとセヤナーが自負していた迷彩は、しかし鳥を相手には何の効果もなかったというだけの話だった。

「ゲッゲェーッ! ゲッ!」
再度、鳥が鳴いた。
何故?などと考えている余裕はもはやなかった。
目の前に天敵である鳥がいるのだ。
「ウ ウチナー!」
セヤナーには固い皮膚も鋭い爪や牙もない。
この時点で、本来ならば逃げる以外の選択肢はない。
しかし、それでもこのセヤナーは逃げなかった。
ようやく手に入れた巣を守りたいという気持ちからだろうか。
それとも、単に唯一の出入口に鳥がいるせいで逃げられないからだろうか。
セヤナーがどのような意図で鳴いたのかは分からない。
なんにせよ、鳥はこの鳴き声を威嚇の、縄張り争い開始の合図だと解釈した。
「ヤメテー! イタイー! ヤーーー!!」
鋭い嘴でつつかれれば、セヤナーの柔らかい皮膚などひとたまりもない。
その柔らかさが幸いし、すぐに破れるということは無い。
しかしそう遠くない未来に皮膚が破れ、致命的なダメージを負うことになるのは明らかだった。
「タスケテー! コワイー! ユルシテー!」
最初に見せた勇敢さなど、とっくに消え失せている。
今、セヤナーの心には死にたくないという気持ちのみが満ちていた。
「ゲッゲェー!」
セヤナーの心境の変化など鳥には分からないし、関係ない。
樹洞の出入口にいては攻撃しにくかったのだろう。
より攻撃しやすいよう中に入ってきた。
鳥の攻撃は激しさを増したが、これはセヤナーにとって行幸だった。
鳥によって塞がれていた出入口から外に進めるようになったからだ。
「ヤー! アオイー! タスケテー!」
逃げる姿勢を見せているセヤナーに対し、鳥は攻撃を止めようとはしない。
徹底的に痛めつけるつもりのようだ。
「ヤッ! ヤーーー!」
元から意味があるのか無いのかよく分からない鳴き声が、今ではさらに意味のないものになっている。
攻撃されながらも、かろうじて皮膚が破れる前に樹洞から外に出られた。
しかし、それでも鳥は攻撃を止めない。
とどめだと言わんばかりにセヤナーの柔らかい皮膚を啄む。
満身創痍のセヤナーはその場で体を沈め、その反動を全身に伝達した。
端的に言えば、ジャンプした。
木の側面でジャンプしたのだから、当然のようにそのまま落下する。
その姿は、まるで昨日のリプレイのようだった。
昨日との違いは1つ、落下によるダメージが無いことだ。
敷いた草のクッションが、セヤナーの体を木の根から守った。
鳥は、急に落下したセヤナーの姿を見失ったのか、はたまたこれ以上攻撃する必要はないと判断したのか、
それ以上の追撃をすることなく樹洞の中に入っていった。
セヤナーから奪ったこの場所を、自分の好みに作り替えるのだろう。
「イタイー イタイー……」
落下によるダメージは防げたものの、鳥の攻撃はセヤナーに手痛い傷を残した。
幸いにも皮膚が破れるようなことは無かったようだが、傷が癒えるまではそれなりの時間がかかるだろう。
「ウチノー…… ウチヤナー……」
傷ついた体を引きずりながら、セヤナーは歩き出した。
時間が経てばさっきの鳥は自分を見つけるかもしれないし、そうでなくとも弱ったセヤナーなど格好の捕食対象だ。
セヤナーには一刻も早くこの場を離れ、安全な場所を見つける必要があった。
「セヤナー…… セヤナー」
セヤナーは再び進みはじめた。
次こそは自分の巣を手に入れられる。そう信じて。