セヤナーを虐めたりいじめたりイジめたりしたい

あれから一月が過ぎ、セヤナーもここの生活が気に入ったのか当初の怯えようからは想像もできないほど逞しい性格を発揮するようになっていた。
ウィキページにも人が増えて様々な「研究結果」が見れるようになった。
そのいずれも斬新であり、モルモットとして飼い潰せないこの狭い研究室にありながらも、私に大きな実験場もかくやの情報量をもたらしていた。
「セヤナー ウチナー アソンデホシイー」
はいはい、ちょっと準備してくるから待っててね、と言いつつセヤナーを潰さないように気を付けながら扉を閉め、今日のために取り寄せておいた道具を購買まで受け取りに行く。



店員を見つけ出し軽く会釈、ちょっといいですか?と一拍置いてから伝票を見せて一言。

「こういう荷物を受取りに来ました。」

「鉄血さんが倉庫に持っていってたから彼が知ってると思う。」

「どうも、失礼してもいいですか?」

「まぁ、君ならいいかな。
足元がちょっと暗いから気を付けてね?」

「お気遣いありがとうございます。」

研究棟を出て徒歩三分、研究棟から程近いこの購買には食糧品や衣料品といった一般的なものから研究に必要な書籍や資材、試薬など専門的なものまで取り扱うよろず商のようなもので、店員の中には専門のアドバイザーとして卒業生なども居るものである。
当然、この大学にあってはセヤナーなどというあからさまなナマモノを扱うために当研究室のOBやOGの御方がたもいらっしゃるのだ。
そこで在庫整理をしているアルベレヒト先輩もその一人、鉄血博士の異名はその時付いたものだそうだが、詳細は不明である。

「あの、すみません鉄血先輩。預けっぱなしになってしまったやつ、受け取りに来ました。」

「その声と呼び方は……蝶の字か、あっちの棚に唯一ある木の箱だから取ってくると良い。
しかし、その器具をボール箱の中に緩衝材もそこそこにして乱雑に置く奴はいかんな、ものの価値を判ってない。」

「あはは、受け取りに半月遅れてしまい、申し訳ないです。
医療器機でこそありますが、最近のものですから頑丈にできてるみたいですよ?
耐水や耐衝撃に特化した仕様にもしていただきましたし。」

「蝶の字がそう言うなら信用こそするが、すぐに使えないとあっては商会の名折れというものだよ。
大丈夫だ、動作確認はしてあるから箱から出して二秒で使える。」

「そこまでしていただけるとは……ありがとうございます。
やっぱり先輩に預けておけば安心感が違いますね。」

彼は手をひらひらとやってそれに答え、飢えた亡者どもとの激戦に備えて商品の棚だしへと出掛けた。
どんなに優れた研究者であっても、一人の傭兵として金子に見あった戦果を挙げなければならない。
そこは売り手と買い手が繰り広げる戦場、ランチタイム。



大丈夫だ、動作確認はしてあるから箱から出して二秒で使える。
気になる発言を思いだし購買近くのイートインスペースで箱を開けた時、改めて先輩の手に渡ったことを感謝した。

傍目にはを硝子管をくわえ込んだ水鉄砲にしか見えないだろう。
見る者が見れば用途は明確、小型軽量に特化したレーザー注射器である。
構造はシンプル、レーザー光で薬剤を射出して皮質内に浸透させて使うものだ。
人間に使うものなら安全性を考慮して大出力に足る耐久性が必要になるが、セヤナーには人権がないため小売店独自の改造も黙認されている。
今回の発注内容として前面を開け放つことで被害を最小化、出力を抑えることで軽量化している。
更にペンライトのような形状にしてもらったが、スイッチを押しづらいことに気づく頃には届いてしまっていた。
そこで先輩の抜け目なさが発揮された。
その上から樹脂製の銃身で覆いトリガーを添えつけることで、どんな素人でも至近から構えて二秒で撃てるように改造を施していたのだ。
軽量化したとはいえあまりにも小型であるそれを剥き身で置いておくのはいただけないという彼独自の意匠が見てとれる出来に仕上がっていた。
トランクのように開くのとは別にホルスターのように開けられるようになっており、ベルトリンクまで据え付けられている徹底ぶりである。
……彼の想定している商会とはどんなものなのだろう。



研究棟への帰路を踏みしめながら、これから行われる実験に心を躍らせる。
日々、更新されていく情報の海のなかで、ある程度の大きさになると、自らの体細胞を分化し増殖するという話が出てきた。
しかし、「セヤナー飼育係」の汚名のとおりプロの管理下におかれているセヤナーが大きさを制限されていないわけがない。
飼育に必要な量は与えていても、成長に足る量を与えるほど大学のセヤナー生育カリキュラムはいい加減にできていない。
口腔より栄養を過剰投与しても、いつ増殖するのかわからないのでは意味がない。
促成剤をセヤナーの表皮に傷付けず即効性を維持して投与する、この難題への解答。
その、後学のための下準備として行っておくべき研究を「セヤナーが油断しきっている」今の段階で、ひとつ実践することにしたのだ。

セヤナーは到着を待ちきれなかったのか、窓際の小机の上で日の光を浴びてゆったりと潰れて寝こけている。
起こさないようにそろそろとアルコール瓶、脱脂綿、アンプルを揃えながら注射器の性能を確かめるべくセヤナーへと近づく。
「セヤ... セヤ... チョコレートォ... イッパイヤァ...」
生まれてこのかたエビフライを与えられず育ったこのセヤナーにとって、チョコレートとは食べ物すべてをさす言葉なのだ。
生物の本能からすれば食糧が多いに越したことはない、そのあ浅はかであり実直な欲求に微笑ましさすら覚える。
大丈夫、すぐ楽しくなるよ、と耳うちしつつ促成剤のアンプルを割り、装填する。
仮打ちを上着を畳んだ上から行うと机へ透過して青い光が貫いていく、なるほどこの威力ならばセヤナーの表皮など容易く貫通できる。
粘液をアルコールでひたした脱脂綿でぬぐうと、組成が確実に影響する髪飾り部分を狙うべくセヤナーの側頭部に照準を合わせ、打ち込んだ。
一回二回と打ち込んでも液面が下がらないアンプルに驚きながら、熱を帯びる先端部をまもるために間隔を置きつつ何十回か脱脂綿を取り換えつつアンプルの続く限り打ち続けた。
すると、あれだけ促成剤を打ち込まれても寝息をたてていたたセヤナーがやおら起き出して飼料器へと這っていくではないか。
「「オミズ... ノミタイィ... ウチナー... オミズ...」」
声が心なしか二重に聞こえる、そして平時のまどろみとは違い滑らかな、意思の強さを見せつけているかのような足取りを以て。
促成剤の効能を確認するまでもない、重なる音声が増殖を示唆している、だが何かしらの条件が整わない限り増殖しないものだ、とも。
そしてセヤナーの原理との紐付けを終えれば、解答は簡単であった。
セヤナーは大きくなるにつれて運動に必要なエネルギーが上がっていくのは前回学習済みだ、神経系のないセヤナーにとって全身運動の規模が増えるだけで指数関数的に移動が困難になってしまうから当然ともいえる。
逆に、肥大化した場合の対応策を持たないのならば、今日日ここに至るまで生存できているわけがない。
「大きくなれば増殖する」、この予想に過ぎない可能性は、確信となって目の前に現れていた。
このセヤナーの場合は、ある程度の大きさを獲得するために急場凌ぎのかさましを試みようとしているらしい。
喉が乾いたんだね、連れていってあげよう、と飼料器に水の入っていないことを確認して絶望するセヤナーに、入っていた飼料器ごと持ち上げながら答えた。
カードキーで開く密閉扉のさきの休憩室、その奥の洗濯場にある蛇口を捻ると、まだ夏の残滓を含んでぬるく淀む水が出迎えた。
セヤナーも始めこそ視線で嫌だと訴えていたものの、さすがに背に腹は替えられないのかちびちびと飲みはじめた。
すると、通常の保水行為とは違う身体の肥大をしながらみるみるうちに二倍近くまで膨れ上がる。
少しずつ退色していく表皮を観察しながら待つこと五分、ようやく動きをを止めたセヤナーがこちらを振り向く。
「「セヤナー ウチナー...」」
何かを言いかけたセヤナー、その表情が縦に裂け「二つになった」。

多細胞生物としての増殖の形態とは言いがたい、単細胞生物の分裂に近い挙動を見せながら、しかし何ら表情を崩すことなく古い皮を脱ぎ、つるりとした皮を晒し半分に、二つになるセヤナー。
フィールドワーク以外ではじめて見ることのできた増殖の瞬間を網膜に焼き付けつつ、飾りの湿って少しへしゃげている方のセヤナーを飼料器にすくいとり、水で洗ってやる。
滑らかな皮の中に異物の入っていないことを一通り確認するとそのまま、二匹目を洗濯場に置いて休憩室を後にした。
これからここに住むんだよ、と未だ回りの環境を把握しきれていないセヤナーにチョコレートを与えながら諭し、研究室の隅に置かれている冷蔵庫からあのときに食べ残されたアイスクリームのパッケージを取りだし、そそくさと元来た部屋へ戻る。

洗濯場でおとなしく水浴びをしている方のセヤナーにアイスクリームのパッケージを近づけると、増殖前の記憶が残っていたのか目を輝かせてそれを見つめる。
ごはんまだだったよね、特別にこれを食べてて良いから少し静かにしていてくれるかな?と聞いてみる。
「マカシトキー ウチナー オナカスイター」
言うが早いかアイスクリームのパッケージにダイブするセヤナー。
「チベタイー! アマイー!」
静かにね、と釘をさしながらふたをして、モゴモゴと呟くアイスクリームを小脇にかかえながらカードキーをかざして、研究室の鍵をかけた。

これからの「実験」が楽しみだ。



研究結果:増殖する際には、その大きさに関わらず前の記憶を持つものと持たないものに分かれ、これが親子の関係を形成するようである。
これは人類学における「過去のデータを持つもの」と「未来のデータを学ぶもの」の差違を彷彿とさせるものであり、大変に興味深い。
親子の差違は髪飾りの乾湿で判断でき、子セヤナーに該当する個体は髪飾りが体内で新たに形成されるので結び目など均一でないためまとまりがなく見え、かつ湿っている。

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